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われわれを見張る街中の魔物たち

昨六月二十二日は、逗子駅を出発点に、猿畠山法性寺(えんぱくざんほっしょうじ)、名越切通し、大町、材木座海岸、光明寺、八幡宮というコースを歩いた。

まずは逗子の木材店の店頭で見た飾り。

exotica tiki statue

わたしはエキゾティカと呼ばれるジャンルの音楽をよく聴くのだが、そういうもののジャケットには、よくこういう像が使われている。たとえばこういうものだ。

les baxter cd cover
レス・バクスターのCD「Exotic Mood」のカヴァー・デザイン


これは「ティキ・トーテム」と呼ぶらしい。ポリネシアの魔除けなのだろう。

たまたまこの木材店のご主人が表に出ていらしたので、お話を伺ったところ、知り合いの人が作ったのをもらったのだという。丸太にチョークで下書きをすると、一気にチェーンソーで彫り上げるのだそうな。

exotica tiki statue

わたしは、おお、ティキだ、と喜んだが、ご主人のお話では、子どもたちは怖がってしまうのだとか。子どもが好きなのは、このティキのとなりに置かれていた、こちらのほう。

kame mokuzou

たしかに、得体の知れない魔除けの魔物よりは、亀のほうに子どもは親しみを感じるだろう。『ガメラ』シリーズの次回作は、このティキ風亀の像からはじめるというのはいかがでしょう>金子修介監督?

昨日は妙に魔物に縁がある日だった。つぎは法性寺からさらに登った山上にあるお堂の屋根の魔除け。

hossyouji mayoke

hossyouji mayoke

ここまではいい。二つ目の立体のほうは、ちょっと『ゴジラvsビオランテ』のような雰囲気無きにしも非ずだが、どちらも蓮の花をモティーフにしたのだろう。わからないのは、つぎのものだ、

hossyouji mayoke

これはなんだろう? 角度を変えると……

hossyouji mayoke

なにやら、獅子舞の獅子のような姿をしていることがわかったが、でも、やはり、なんだかよくわからない。なにか架空の魔物なのだろう。

最後は、鎌倉は大町のさるお宅の庭で見かけたもの。

ishi no kewpie

むろん、キューピーなのだろう。でも、石でできていて、四体もあると、なんとなく魔物じみて見えてくる。こういうものだって、やはり、魔除けの一種なのではないだろうか。

ishi no kewpie

われわれを監視しているのは、監視カメラばかりではないのだ、などとくだらないことを考えた。
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テーマ : 散歩 - ジャンル : その他

栴檀〔センダン〕は双葉より芳しからず

今日もまたパートナーのブログの後追いである。

二人ともうかつだったのだが、つい最近、やっと栴檀の謎が解けた。「栴檀は双葉より芳し」というが、われわれが経験したかぎりでは、栴檀の葉も花もべつにこれといった匂いはしないのだ。

以下は鎌倉由比ガ浜、一の鳥居のそばに植えられた栴檀を2005年の5月末に撮ったもの。写真はいずれもクリックで拡大できる。

ichi no torii no sendan

ichi no torii no sendan

ichi no torii no sendan

三本あったが、いまは体育館わきの一本は切り倒されてしまい、二本だけになっている。そのうちの一本は低い枝があり、花もよく見えるし、葉を嗅いでみることもできる。

ところが、いくら鼻を近づけても、匂いというものがさっぱりしないのだ。諺なんていうのはいい加減なものだと呆れ、それきりで忘れてしまった。

ところが、今年、パートナーが栴檀のちゃんとした写真を撮りたいといって、あちこちでシャッターを切り、やっと納得のいくものが撮れて、あちらのブログで記事にした。

kanazawa doubutsuen no sendan
こちらは金沢動物園で先月撮った。栴檀の花は遠目にはあまり目立たない。動物は、向こうはもちろんキリン、こちらはアラビアオリックス。

そのとき、なぜ栴檀は双葉より芳しだなんて出鱈目なことわざがあるのか調べた。なんのことはない、昔の人が白檀(ビャクダン)と取り違えたのだそうだ。じゃあ、いくら栴檀の葉を嗅いでも匂いなどするわけがない!

「梅にウグイス」と言い習わすが、梅の花が咲いている時季に、ウグイスの姿など見たことがない。梅の花に寄ってくる鳥はメジロで、この鳥はじつにあざやかなウグイス色をしている。昔の半チクなだれかが、ウグイス色の鳥だから、ウグイスだと思い込んだことから生じた間違いにちがいない。世の中、こういうことは山ほどある。

ume ni mejiro
梅にウグイス、ではない。梅にメジロ。

百科事典によると、栴檀は「材を建材、家具材、楽器材にもする。漢方薬で樹皮を苦楝皮(くれんぴ)、果実を川楝子(せんれんし)とよび、駆虫剤、鎮痛剤などに用いる」のだそうだが、いっぽうで「またセンダンの木は葬式と関係が深く、墓に植えたり、火葬の薪や死者のつえのほか、棺おけにもされる。岡山ではこれで棺を作ると冥途の道が明るいという」ともある。いろいろな役割があるものだ。もっとも、「死者の杖」というのがよくわからないが。まあ、葬式のときにそういうものを棺桶に入れるといった風習がどこかにあるのだろう、としておく。

鎌倉・大仏坂体育館

鎌倉は小さな町で、もともと大規模な西洋建築が少ないため、近代建築を趣味とする人間の目を楽しませるのは、主として商店建築か住宅だ。この面では神奈川県内でもっとも充実しているのではないだろうか。

住宅や商店ではなく、それなりに規模の大きな近代建築というと、長谷の大仏坂トンネルの手前にある「大仏坂体育館」ぐらいではないだろうか。

kamakura hase daibutsuzaka taiikukan

それなりの規模があるといっても、普通の住宅よりは大きいといった程度で、「体育館」と名乗るのはちょっと苦しい。ここでできるスポーツは、柔道などの武道か卓球ぐらいだろう。ダンス・スタジオにも使えるかもしれない。

玄関の上には、金属製の、扁額というにはあまりにも今風のものがかかっている。

kamakura hase daibutsuzaka taiikukan

「清?霑萬戸」と書いてあるのだと思う。二番目の文字は「露」と読みたくなるが、となりの「霑」の雨垂れとちがいすぎるので、なにか別の字だろう。

この建物はもともと水道のポンプ場だったのだという。だから、清いなにかがあらゆる家をうるおす(霑=「てん」はうるおすの意)、という意味の言葉と考えられる。清いなんなのだ?

中途半端な高さなのは、ポンプを収容する必要から決定したものだろう。裏口にもその痕跡がある。

kamakura hase daibutsuzaka taiikukan

この中途半端な高さの階段は何を意味するのか? たぶん、ポンプなどの機械群の周囲をめぐるように、メインテナンス用のキャットウォークがあり、その高さに合わせたから、裏口のドアが奇妙なところに取り付けられたのだと想像する。

kamakura hase daibutsuzaka taiikukan
裏口の丸窓。昔の建築はこういうところを装飾的にするから、見る楽しみがある。

kamakura hase daibutsuzaka taiikukan
まったく引きがないので、側面はこれが精一杯だった。

大きさが中途半端だし、場所も長谷の駅からやや離れていて、しかも中間に大仏があって、狭い歩道が人で渋滞するような場所だから、人が集まるには不向きな建物だ。ポンプ場としての役割を終えてから、小さな体育館として再生されただけでも幸運だったのかもしれない。

しかし、新しいものはいくらでもつくれるが、古いものはつくることができず、ただ古くなるのを待つしかない。できれば、なにか再利用の道を見つけて、外壁を残してほしいものだ。窓がアルミサッシュになってしまったために、古建築としての味わいにマイナス点がついたが、それでもやはり、幾星霜を経たスクラッチ・タイルの味わいは捨てがたい。

kamakura hase daibutsuzaka taiikukan

テーマ : 戦前の建築 - ジャンル : その他

鎌倉・腰越の写真館

今日は好天の湘南海岸を歩いた。

藤沢駅を起点に、江ノ電に沿って歩き、途中から少し西にそれて、鵠沼海岸に出た。海岸の公園を歩き、遠足の子供たちがいっぱい入った江ノ島水族館の脇をぬけて、江ノ島に渡った。江ノ島は、ついこのあいだ、灯台のほうに登ったばかりなので、今日は海岸を歩いて、裏側にでた。


enoden koshigoe
腰越を江ノ島駅に向かって走る江ノ電。

橋を渡って、海辺の強い陽射しを避けるためにいったん江ノ島駅までもどり、また線路沿いに鎌倉へと向かった。江ノ電の駅からほんの少し離れただけで、鎌倉市に入る。義経が頼朝の命令で留め置かれた腰越だ。

市境を越えてその腰越に入ったとたん、こんな建物があった。

koshigoe no syashinkan

『日本近代建築総覧』をもうもっていないので、竣工年を確認できないが、いわれなくても昭和戦前の建築とすぐにわかる。当然のように、一階部分にはスクラッチ・タイルが使われていた。

koshigoe no syashinkan

koshigoe no syashinkan

側面の窓の並びもじつにいい。こういう窓は、割れてしまうと、現在では修理が非常に難しく、サッシュへと変更を余儀なくされるので、なんとか末永くお使いになり、われわれの眼を楽しませて欲しいと願う。

koshigoe no syashinkan

腰越の通りはなにとはなしに懐かしいものを感じる場所で、昔から好きだった。その腰越のもっとも魅力的な建物であるこの写真館が、さらに繁盛し、この建物が未来へ受け継がれていきますように。

テーマ : 戦前の建築 - ジャンル : その他

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