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昭和戦前古建築散歩 (こんどこそ本当の)森友通商(日本橋小網町)

まちがえてお客様のコメントを削除してしまうという、恥ずかしいミスをやらかして腐ってしまったので、立ち直りを早くするために、間を空けずに更新することにした。

昨夜、フィルムの箱をあけて、パラパラと見ていたら、森友通商という文字が目に入ったので、なにが写っているかたしかめてみて、「あれ?」と叫んでしまった。以前の記事で勘違いをやらかした森友通商だが、この写真はホンモノだった。

moritomo tsuusyou

とりあえず、これ一点しか見あたらないのだが、ほんとうは玄関まわりのデザインが面白い。そのあたり関しては、流一さんのブログの該当ページをご覧あれ。

わたしも流一さんとほぼ同じアングルで撮っているが、それはたぶん周囲との関係で、引きのあるところを選んだからだろう。同じようなアングルでは公開する意味があまりないが、コダックのデイライト・フィルムの味、ということでご勘弁を。

写真では材質がよくわからない。パラペットの上はタイルで、壁面は煉瓦張り? この二つの部分は異なった材でできていると感じられる。上部はカチンと四角張っているのに対し、壁面はやわらかい。そのあたりがこの建物の味である。

設計者の中村庸二については、流一さんがご教示くださったお孫さんの手になるオフィシャル・サイトを参照されたし。
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昭和戦前古建築散歩 南洋趣味の外科「立花医院」(日本橋芳町)

ずいぶんと間が空いてしまったが、近代建築がお好きで、ご自分でも建築のブログをなさっている「流一」さんのご訪問を受けて、すこしずつでもつづけなければいけないなあ、と反省。

本日の「立花医院」(または「立花外科」)は、人形町の交叉点から江戸橋ジャンクションに向かって歩いてすぐの左側にあったと記憶している。『日本近代建築総覧』では「日本橋芳町」となっているが、現在の住居表示では「人形町」なのだろう。

tachibana iin

さほど凝った造りではないが、むかって左側は出入口、右側はおそらく窓(いまになると、そちらの見える写真も撮っておくべきだった思う!)になっている部分を、四角い箱にして出っ張らせているところに特徴がある。

正面の椰子の木とキャンバスの日除けはセットで考えているのだろうから、たぶん、この医院の先生は南洋趣味をお持ちなのだろう。

tachibana iin

写真を撮って歩いた当時は鉄のグリルが好きで、「立花医院」も、全体の写真とはべつに、グリルだけを撮ったカットが残っている。

tachibana iin

いちおう、グーグルマップで、記憶にあるこの医院のあたりを見てみたが、残念ながら、それらしい建物は見あたらなかった。わたしの記憶違いだといいのだが。

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昭和戦前古建築散歩 続・同潤会アパートメント・ハウスD 清砂通りアパート(江東区白河町)


四半世紀前に近代建築行脚をしたときに見た同潤会アパートはたしか8カ所にすぎなかった(青山はとうぶんなくなりそうもなかったので写真を撮らなかった。そのせいで、結局、最後まで撮影せずに終わってしまった)。

なにしろ昔はフィルムと現像代のことを考えないわけにはいかず、外観を1枚撮っただけということもよくあった。絞りを変えて同じ写真を3枚撮っていたので、36枚撮りで12点の写真しか撮れなかったのだから、いまになると、もっといい写真を撮れよ、とボヤキが出る。

そのなかで同潤会清砂通りアパートメント・ハウスは9点の写真が残っているのだから、ずいぶん気を入れて撮ったことがわかる。それは、内部の写真まで撮ったことにもあらわれている。

doujunkai kiyosunadohri
建築当時の同潤会清砂通りアパートメント・ハウス。周囲にはなにもないことに愕く。真ん中というか、角というか、アールをつけた部分の一階に出入口があり、そのまま階段室になっている。

たしか鶯谷の同潤会だったと思うが、敷地のなかに入って写真を撮っていて、ささやかなトラブルになったことがあった。あのときは、たまたま居合わせた人が仲裁してくれて事なきを得た。仲裁してくれた女性によれば、取り壊しの問題が持ち上がっていて、神経質になっている人がいるのだということだった。

そういう事情があったとしても、なかったとしても、写真を撮られたくないと感じる人がいても、べつに不思議はない。共有スペースではあっても、やはりプライヴェートな空間だ。だから、雑居ビルはべつとして、集合住宅は外観を撮るだけにしていた。

しかし、清砂通りは誘惑抗しがたく、無断で入って階段と屋上を撮影してしまった。いま見ても、それだけの価値はあったと思う。

doujunkai kiyosunadohri
なにがなんだかわからないかもしれないが、階段を下から見上げて撮った写真。

doujunkai kiyosunadohri
こんどは逆に、上から階段を見下ろして撮った。

doujunkai kiyosunadohri
階段を上りきって屋上に出た。

doujunkai kiyosunadohri
内庭を見下ろした。ロの字形につくられている。

doujunkai kiyosunadohri

写真に写すことはできないのだが、古い建物の内部の空間感覚というのは、独特のものがある。なによりも天井が現代のものより高かったり、低かったり、さまざまななのだ。もちろん、昔は容積率がちがうということが大きいのだろうが、そもそも、感覚自体が昔は異なっていたのではないかと思う。

どうであれ、古建築は、内部に入ってこそ、そこに生きている人びとの感覚がつかめるわけで、清砂通りアパートにお住まいだった方々には申し訳ないと思うが、やはりあのとき「潜入」しておいてよかったと思う。

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昭和戦前古建築散歩 同潤会アパートメント・ハウスC 大塚女子アパート(文京区大塚)

ちょっと休んでいた同潤会にもどって、今日は同潤会アパートメントとしてはやや変わり種に属す、「大塚女子アパート」の写真をご覧いただく。

どういうわけか、2枚残っている大塚女子アパートの写真は、どちらもファサードをとらえていなかった。こんなことはそうしょっちゅうあることではないが、まあ、ご覧あれ。

Ohtsuka Joshi Apartment
普通に考えるなら、こちらのほうが道が狭いので、ファサードではないと想定されるが、入口の付け方がじつに微妙で、こちらがファサードのような気もしてくる。黄色ないしは金色のふくらんだものは、一階のレストランの入口にかかったマーキーというか、日除けの覆いで、建築の一部ではない。

Ohtsuka Joshi Apartment
どう見ても、この入口は表通りに向かっていない。表通りの側に出入口が別途あるなら、そちらをファサードとしたいが、これが道路に面した唯一の出入口なのだ。

表通りのほうがどうなっていたか気になる方もいらっしゃるだろうと思うので、『同潤会アパート原景』からファサードの写真を拝借してご覧に入れる。

Ohtsuka Joshi Apartment

うーん、こうして見ると、どちらがファサードなのかは微妙なところだ。角をはさんだ二面をシンメトリカルにデザインして、その二面がファサードというタイプのものがあるが、そのヴァリエーションに見えなくもない。ただし、その場合は、角が中心であることを明示するようにデザインするもので、大塚女子アパートの場合、そのような強意表現はなく、入口が角にあることだけが、それを暗示している。

☆☆ フィクションのなかの大塚女子アパート ☆☆
戸川昌子の処女作、『大いなる幻影』の舞台になっている女性専用アパートは、大塚女子アパートをモデルにしている。このアパートの歴史をふりかえるテレビ番組では、彼女が案内役をつとめていた。

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戸川昌子著『大いなる幻影』(講談社文庫版)

もっとも、『大いなる幻影』に登場する老嬢たちは、いずれも好意を持ちにくい人物像になっていて、これが発表された当時は、もう戸川昌子はここには住んでいなかったのだろうと思う。たとえフィクションであれ、ああいう風に描かれたアパートの住人は、快くは思わなかっただろう。

これはじっさいにあったことだが、大塚女子アパートは、道路の拡幅のため、数メートルにわたってセットバックを強いられた。建ったまま、土台から切り離して、油圧ジャッキでしずかに動かしたのである。

Ohtsuka Joshi Apartment
同じく『同潤会アパート原景』より、中庭の写真。『大いなる幻影』では中庭も重要な役割を果たす。

Ohtsuka Joshi Apartment
これまた『同潤会アパート原景』から拝借した、大塚女子アパートの屋上サンルームの写真。当時としては尖端的な住まいだったことがよくわかる。

『大いなる幻影』は、この工事をうまく利用したオフビート・ミステリーで、婚期を逸した女性たちの心理の描き分けは、いま読んでも男としてはかなり薄ら寒い思いをする。前半だけで応募したという中井英夫(塔晶夫)の『虚無への供物』を押さえて乱歩賞を受賞したのも、まあ、妥当なところか、と思わせる。

眺めて歩くだけの人間は、古色蒼然たる建築物を見ると、時間の降り積もった「味」を楽しんでしまう。しかし、そのなかで生きる人たちにとっては、暗褐色のスクラッチ・タイルは牢獄の外壁に似ているのかもしれない。『大いなる幻影』は、散歩者にそういう内省を迫る小説である。

Ohtsuka Joshi Apartment
10年近く前に、小石川植物園にいったときに現存を確認したきりだったので、グーグル・マップのストリート・ビューを見てみた。残念ながら更地である。


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昭和戦前古建築散歩 同潤会アパートメント・ハウスB 柳島アパート(墨田区横川)


同潤会シリーズその2は、前回の中ノ郷アパートとほぼ同時(大正15年9月)に竣工した、やはり墨田区の「柳島アパート」である。ここも、写真は一点しか撮らなかったらしい。

doujunkai yanagishima

同時期でもあり、地理的にも近いので、中ノ郷と柳島はデザイン的にも、機能的にもよく似ている。柳島もやはり、現代では俗に「下駄ばきアパート」と呼ばれているタイプで、一階ははじめから店舗を想定していた。

doujunkai yanagishima blueprint

関東大震災後、同潤会がアパートを建てはじめるまでは、そもそも、アパートというもの自体が日本にはほとんど存在しなかったのだから、このような商店と住居を兼ねた「下駄ばきアパート」というのも、同潤会によってつくられたのではないだろうか。

doujunkai yanagishima

現地までいったわけではなく、グーグル・マップの空中写真とストリート・ビューを見ただけだが、残念ながら、『同潤会アパート原景』には「現存」と注記されている柳島アパートも、すでに取り壊されたらしい。

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