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名残の秋(には遅すぎるが!)


いまさら「秋」もおかしなものだが、銀杏は黄葉が遅く、なかには十二月いっぱいは葉をつけているようなものもある。

近所の神社にはご多分に漏れず、銀杏の古木があって、十二月には盛大に黄葉する。

銀杏 黄葉

銀杏 黄葉

今年はむやみに忙しく、黄葉の盛りには間に合わなかったが、なかば葉を落とした銀杏も風情なきにしもあらずだ。

もう一カ所、やはり銀杏の巨木が生えている神社がある。おそらく、幅の余裕がないために、長年のあいだ細く細く枝打ちした結果なのだろう、二本とも妙な樹型になっている。

銀杏 黄葉

銀杏 黄葉

隣同士でこの落差はなんだろう。まあ、人間だって、たとえ兄弟姉妹でもまったく異なった考え方をするようになるのだから、植物も同じことなのかもしれない。それにしても、これはまた鋭い対比で、なんとなくもの悲しくもある。
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テーマ : 散歩 - ジャンル : その他

昭和戦前古建築散歩 同潤会アパートメント・ハウスC 大塚女子アパート(文京区大塚)

ちょっと休んでいた同潤会にもどって、今日は同潤会アパートメントとしてはやや変わり種に属す、「大塚女子アパート」の写真をご覧いただく。

どういうわけか、2枚残っている大塚女子アパートの写真は、どちらもファサードをとらえていなかった。こんなことはそうしょっちゅうあることではないが、まあ、ご覧あれ。

Ohtsuka Joshi Apartment
普通に考えるなら、こちらのほうが道が狭いので、ファサードではないと想定されるが、入口の付け方がじつに微妙で、こちらがファサードのような気もしてくる。黄色ないしは金色のふくらんだものは、一階のレストランの入口にかかったマーキーというか、日除けの覆いで、建築の一部ではない。

Ohtsuka Joshi Apartment
どう見ても、この入口は表通りに向かっていない。表通りの側に出入口が別途あるなら、そちらをファサードとしたいが、これが道路に面した唯一の出入口なのだ。

表通りのほうがどうなっていたか気になる方もいらっしゃるだろうと思うので、『同潤会アパート原景』からファサードの写真を拝借してご覧に入れる。

Ohtsuka Joshi Apartment

うーん、こうして見ると、どちらがファサードなのかは微妙なところだ。角をはさんだ二面をシンメトリカルにデザインして、その二面がファサードというタイプのものがあるが、そのヴァリエーションに見えなくもない。ただし、その場合は、角が中心であることを明示するようにデザインするもので、大塚女子アパートの場合、そのような強意表現はなく、入口が角にあることだけが、それを暗示している。

☆☆ フィクションのなかの大塚女子アパート ☆☆
戸川昌子の処女作、『大いなる幻影』の舞台になっている女性専用アパートは、大塚女子アパートをモデルにしている。このアパートの歴史をふりかえるテレビ番組では、彼女が案内役をつとめていた。

oh'inaru gen'ei
戸川昌子著『大いなる幻影』(講談社文庫版)

もっとも、『大いなる幻影』に登場する老嬢たちは、いずれも好意を持ちにくい人物像になっていて、これが発表された当時は、もう戸川昌子はここには住んでいなかったのだろうと思う。たとえフィクションであれ、ああいう風に描かれたアパートの住人は、快くは思わなかっただろう。

これはじっさいにあったことだが、大塚女子アパートは、道路の拡幅のため、数メートルにわたってセットバックを強いられた。建ったまま、土台から切り離して、油圧ジャッキでしずかに動かしたのである。

Ohtsuka Joshi Apartment
同じく『同潤会アパート原景』より、中庭の写真。『大いなる幻影』では中庭も重要な役割を果たす。

Ohtsuka Joshi Apartment
これまた『同潤会アパート原景』から拝借した、大塚女子アパートの屋上サンルームの写真。当時としては尖端的な住まいだったことがよくわかる。

『大いなる幻影』は、この工事をうまく利用したオフビート・ミステリーで、婚期を逸した女性たちの心理の描き分けは、いま読んでも男としてはかなり薄ら寒い思いをする。前半だけで応募したという中井英夫(塔晶夫)の『虚無への供物』を押さえて乱歩賞を受賞したのも、まあ、妥当なところか、と思わせる。

眺めて歩くだけの人間は、古色蒼然たる建築物を見ると、時間の降り積もった「味」を楽しんでしまう。しかし、そのなかで生きる人たちにとっては、暗褐色のスクラッチ・タイルは牢獄の外壁に似ているのかもしれない。『大いなる幻影』は、散歩者にそういう内省を迫る小説である。

Ohtsuka Joshi Apartment
10年近く前に、小石川植物園にいったときに現存を確認したきりだったので、グーグル・マップのストリート・ビューを見てみた。残念ながら更地である。


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テーマ : 戦前の建築 - ジャンル : その他

またしても変な船

前回の妙に艦橋のひょろ長い船を撮ったのと同じとき、港のちょっと離れたところに、さらに見慣れない形の船が停泊していた。

fune

fune

こんな形だから、最初に視界に入ったときは、なんだかわからなかった。一瞬、なにかビルでも建てはじめたのかと思いかけたが、それは考えにくいことに思いあたった。

fune

手前に見えている平らな部分は、一見、地面のようだが、浮桟橋のようなもので、海に浮いているのである。だから、ここになにか恒久的な施設が建設される可能性はきわめて低い。上部構造物が必要だとしても、ここで造るのは現実的ではない。どこかのドックで造り、ここまで曳航してきて、浮桟橋の端に、レゴかなにかのように継ぎ足すほうがはるかに合理的だ。

すこしずつ近寄り、アングルを変えて撮っているうちに、やはりこの構築物は浮桟橋の向こう側にあると思えてきた。だとしたら、そこは海なのだから、どれほど奇妙なすがたをしていようと、これはなんらかの船舶の一部にちがいない。

fune

fune

でも、またしても、どういう種類の船で、なぜ上部構造物がこういう高下駄でも履いているような形になっているのかは、さっぱりわからない。意味もなくこんな形にするはずはないので、なにかの目的があるに違いないのだが……。

テーマ : 散歩 - ジャンル : その他

埠頭に埋まった船

散歩していたら、海岸のショッピング・モールにあるスーパーから、台車に段ボール箱を三つ積んで押して出てきた、二人連れの男たちに出会った。

段ボールから葉っぱがはみ出していたので、最初は飲食店の経営者と従業員だろうと思った。だが、その二人は、飲食店などなさそうな埠頭の道を延々と台車を押していく。

たまたま同じ方向に行くつもりだったわたしは、彼らのあとを追う格好になった。それにしても不思議だった。海岸道路の片側はマンション群で、なかには飲食店があるのかもしれない。だが、二人の男は信号が青なのに、そちら側には横断せず、埠頭しかない歩道をガラガラと台車を押していくだけなのだ。

だが、左側に妙なものが見えて、わたしは男たちから視線をはずしてしまった。

syunsetsusen

もちろん、落ち着いて見れば船である。ただし、どう見ても「よくある船」ではない。この港でよく見る、タグボート、近距離用の小型貨物船、消火艇はこんなブリッジではない。

いや、かといって、どんな船なのかというと、さっぱりわからない。写真を二枚撮ったところで、だれか人はいないだろうか、と見渡したら、例の台車を押す二人はこの船に向かっているところで、どこか下のほうにすがたが飲み込まれた。甲板が埠頭の地面より低い!

間の悪いときは仕方がない。はじめから船の乗組員のための食料を運んでいるとわかっていれば、すぐ前にいたのだから、どういう船なのかきいたのに!

syunsetsusen

すると、わたしの脇を抜けて、この船のほうに行く人がいたので、ちょうどよいと、あれはどういうことをする船なのか尋ねてみた。

この人は、船乗りではあっても、べつの船で働いているらしく、「たぶん泥なんかを押していくものだろう」とのことだった。

東京湾は、航路確保のためにつねに浚渫をしている。その浚渫であがってきた海底の泥をつんだ台船を、廃棄する場所まで「押して」行くという意味にちがいない。この「押して」にリアリティーを感じた。素人は「引いていく」のではないかと考えてしまうが、たぶん、なにか合理的な理由があって、台船を「押す」のだ。

疑問は解けたような気がしたのだが、よく考えると、この船に興味を持った出発点は、この異様に細長いブリッジなのに、その理由はついにわからなかった。

syunsetsusen

よく見ると、ブリッジの胴は、当て逃げでもされたようにへこんでいる。たいしたへこみではないが、この傷がついた事故のときには、乗組員はみな冷や汗を流したことだろう。たぶん、浚渫に使うクレーンかなにかがぶつかったのだ。眼前に、愕く男たちが見え、頭のなかで彼らの怒号が聞こえた。

人の過去をうかがうように、船の過去の物語を頭のなかでつくりながらその場を離れた。しばらく歩いてから、、結局、船体そのものはついに見えなかったことに気づいた!

テーマ : 散歩 - ジャンル : その他

Autumn Almanac 4 ナンキンハゼとセキレイ

十二月なので、カレンダーでは冬だが、町の景色はまだ秋のつづきで、欅には依然としてたくさん葉が残っている。

夜の散歩でナンキンハゼが気になり、昼間、写真を撮ろうと思っていたのだが、なかなかその時間がとれず、もう遅いかなと思いながら、やっと今日になって出かけた。

やはり、昨夜の雨でずいぶん葉が落ちてしまったようだが、それよりも、周囲に高い建物が多く、陽があたっていないことのほうが問題だった。夕方のほうがまだしも陽が射すかもしれない。

ともあれ、ナンキンハゼの並木を歩き、すこしだけ写真を撮った。

nankinhaze1

nankinhaze2
黄色くなるのがいいのか、赤くなるのがいいのか、目下、種としての戦略を研究中、というおもむき。

道に落ちた葉も趣があるので、しゃがんでそういう写真を撮ってみた。

nankinhaze ochiba

視線を低くしたら、すぐそばにハクセキレイが歩いているのに気づいた。

sekirei

sekirei

セキレイはこの数年、よく見かけるようになった。水辺を好むというが、公園の池ぐらいでも十分なようで、いずれ、ツバメと同じように、町中でのほうがよく見かける鳥になるかもしれない。

sekirei

セキレイにはミチオシエという異名があるそうだ。「道教え」である。たしかにその通りだな、と思う。セキレイを写真に撮ろうとすると、どんどん歩いていってしまい、そのあとを追いかける恰好になるのだ。まるで先導されているようで、そこが「道教え」なのだろう。

sekirei
なんだか散歩しながら思索にふけっているように見える!

しかし、今日、出合ったセキレイは、道を教える気はないようで、四メートルほどまで近づくことができた。こういうことはめずらしいので、ずいぶんたくさん写真を撮った。

sekirei
多くの小鳥がそうだが、セキレイはとくに歩くすがたが偉そうだ。グルーチョ・マルクスのファンなのかもしれない!

このセキレイはずいぶん近くまで寄らせてくれたが、警戒心がないわけではないので、広い歩道に広がって四人の男たちが声高に話しながらやってきたら、「ピッ」という音に「カチッ」という音を合成したような、例のパーカッシヴな啼き声をさせて、飛んでいってしまった。

テーマ : 散歩 - ジャンル : その他

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