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昭和戦前古建築散歩 ベールの向こう側――福助小伝馬ビル(日本橋小伝馬町)

今日は前回のような、面倒な話はない。たんに気に入っていたビルだというだけだ。ただし、撮影したのはわたしではなく、わたしに写真の手ほどきをしてくれた朔山師匠である。

(10月7日午後3時付記 この記事をご覧になった朔山・岡崎秀美師匠からご連絡があり、レタッチをやり直したものをいただいた。最初の写真よりずっとディテールが明瞭になった。たまたま、師匠の写真展が東京・日本橋で開かれることになったので、次回の記事にご案内を付す予定。)

たまたま、小伝馬町の福助ビルの隣に友人が勤務していて、取り壊すらしいよ、と知らせてくれた。しかし、そのとき、わたしはろくなカメラをもっていなかったため、朔山師が、実費で撮ってやるよ、と申し出てくれたのである。

まずはファサードをご覧いただこう。

fukusuke HK ver 1
タイルの剥落がはじまると、危険防止のためにネットがかけられてしまう。

なにがいいといって、この左右非対称なところである。もうひとつの魅力は、アールをつけた角のフォルム、とりわけ、屋上部分の目的不明の構築物のデザインに愛嬌がある。福助の社名にふさわしい。

この撮影が他の場合と異なっていたのは、隣のビルのフロアを使えたことである。朔山師はこの会社からしばしば仕事をもらっていたし、その発注元であるわれわれの友人はある部署のボスで、業務時間中でもいっこうにかまわず、おうおう、よく来たな、と歓待してくれた。

かくして、異例のアングル、俯瞰で撮影することができた。

fukusuke HK ver 2

自分の目で実物をよく観察し、写真を撮り、あとでライトボックスに置き、ルーペで観察するのだが、それから四半世紀、すっかりディテールを忘れてから、こうしてスキャンしてみると、へえ、屋上はこういうことになっていたのか、である。

fukusuke HK ver 5

なにやら向こう側にペントハウス的なものがあるのだが、これは屋上をぐるっと巡っているわけではなく、向こう側だけにある。だから、こちらから見て、スポーンと向こう側に抜けた写真が撮れたのだ。

この片側ペントハウス構造が、このビルの非対称の根本理由だったのである。美的にいうなら、この非対称構造は美しくない。だが、建物の魅力というのは、単純にフォルムや色彩の魅力に還元することができない。もうすこし微妙な要素が入ってくる。言葉にしやすいところをひとつだけいえば、実用性との合致または背反、といったような要素である。

fukusuke HK ver 4

この教室のような部屋はどういう目的でつくられたのだろうか。社内で一番明るい部屋だっただろう。となると、デザイン関係に使われたのだろうか。いずれにしても、竣工時にこの部屋を割り当てられた部署の人々は鼻高々だったのではないか。

なんだか、昭和四年のサラリーマン生活が目に浮かんできそうな屋上風景である。建築散歩も、こういうところにまで踏み込んでいければ幸せなのだが、こんなことは後にも先にも、福助ビルただ一度のことだった。

『日本近代建築総覧』には、「福助株式会社東京支社」とある。このビルが取り壊されて建てかわったあとも、まだ福助のビルだったと思うが(デザインに微妙に元のビルの姿が反映されていたような記憶がある)、現在は神宮前のほうに移転しているし、東京支社の、東京本社の、といったものではなく、ただ「本社」となっている。四半世紀のあいだに、いろいろな嵐がこの会社をおそったのだろう。

fukusuke HK ver 3
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テーマ : 戦前の建築 - ジャンル : その他

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